人に優しくする事は、自分も癒される事だと知る

人間は、根本優しいものだと信じています。
人が喜ぶ事をする。
相手の喜ぶ顔を見る。
それって、自分んも嬉しくなりませんか?
だから、何をプレゼントしようかと一生懸命考えます。
ビックリさせようと、サプライズを考えたり。
全て、あなたの喜ぶ顔が見たいから!
じゃ、ないですか?
人は愛でできている
 

優しさの連鎖を見ていて、優しくしている人も癒された

夜、道を歩いていると、交差点にしゃがみ込んでいる女性と、女性のお母さんと思われる人を見かけました。
私は、コワーキングスペースcolocoで、人狼ゲームを終え、帰路につくため駐車場に向かっていたのです。
携帯のライトをかざし、お母さんは懐中電灯を照らし、何かを探しています。
危ないよって思ったのが第一印象。
でも、この状況、ぱっと思いつくのは一つ。
あっ、コンタクトレンズ探してるんだって思いました。
 
コンタクトレンズが無くなったときの感情は、失くした人ならわかりますよね。
だから、声をかけずにはいられませんでした。
「何か、御探しですか?」
かけた一言が、優しさの輪を広げて行く事になります。
 
3人で探していると、通りかかったカップルが「どうしたんですか?」
声をかけてくれました。
「コンタクト無くされたそうなんです。」
そう言うと、そのカップルも探し始めてくれました。
 
その日は、あいにく雨が上がった直後で路面が濡れています。
しかも、夜という事もあって、探すのに苦労します。
すぐ後に、先ほどまで、コワーキングスペースcolocoで、殺伐とするゲーム「人狼」をやっていたメンバーの関学生も戻ってきて探し始めてくれました。
(すみません、私が遅れて行ったため、自己紹介の時に居なかったもので、お名前お伺いするのを忘れてました。)
合計6人!
人数が増えると注目も上がります。
道を通る人通る人が声をかけてくれます「なにか探してるんですか?」
親切の輪が広がって行きます。
帰宅中のOLさんから、自転車で通りかかったお父さんまで、10人近くの人が捜索することになったのです。
逆に、無くされた女性にが恥ずかしいかな?って思うぐらいの人が、潮干狩りの様に探し物です。
 
残念、コンタクトは見つかりませんでした。
 
自分のコンタクトではないのですか、見つからなかった事に、正直、本当に残念でした。
周りの人もそんな感じでした。
自分が手がけた事を完遂できないと残念になる。
それと、やっぱり、探し出して喜んでもらう事ができなかったって事が大きいですよね。
探し出して、感動のラストって事には、残念ながらなりませんでした。

優しさを妨げているのは一体何?

多勢の人が、捜索に参加してくれた事に、私がなんだか暖かい気持ちになりました。
やっぱり、人は優しい生き物なんです、きっと。
しかし、考えてみると、何かに怒っていたり、人にやさしくできなかったりしませんか?
今回も、人数が増えてからは声かけてくれる人が増えました。
おそらく、恥ずかしいって感情が働いて、最初の一人にはなれないって事ありますよね。
それで構わないと思います。
誰かが最初の一人になれば良いんですよね。
 
何か、良い事をする時躊躇しないでやれば良い。
きっと、誰かが後についてきてくれますよw
 
コンタクトレンズは結局見つからなかったのに缶コーヒー頂きました。
コンタクトレンズで失くして出費になるのに、缶コーヒー頂いて、さらに出費になったので申し訳ないです。

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