忘れ物も片付けられないも発達障害 わたしも発達障害かもしれない

NHKの番組、実践!発達障害・困りごととのつきあい方を見ていて思ったのです。

発達障害と言わなくていい世の中にしたい。

今回、始めて発達障害について詳しく触れた気がします。

それで思ったこと!

私も発達障害かもしれないという事。

それと、発達障害と言って、能力に優劣を決めてはいけないのではという事。

一つの個性として認め、大多数の人と同じように生活する事が辛い人がいる。

それを知り、認める事が大切だと思ったのです。

ADHDの中に物忘れが激しい、片付けできない障害がある

部屋を片付ける事が苦手、机の上を片付ける事が出来ない人がいる。

ADHDと呼ばれる障害の人の中に、この様な人がいる事を初めて知りました。

そして、私も片付けがとても苦手です。

全くできないとは言いませんが、片付けると疲労困憊です。

午前中片付けをしていると午後はぐったりしてしまいます。

私の場合幼い頃は母親、現在は妻にできない機能を補ってもらって生きてきました。

現在の社会的背景だと女性で同じ様な障害があると大変だと思います。

更に、物を忘れるのもADHDの障害の中にある事をしりました。

私も物忘れは多い方だと思います。

傘は良いのを買わない様にしています。

電車の中や、お店の傘立てに忘れてしまうからです。

凄く優秀なのに忘れ物だけはひどい人もしっています。

ノートパソコンや財布など結構頻繁に忘れています。

その人の優秀さは忘れ物が多い事で揺るぐものではありません。

しかし、学校生活では支障が出ていた事が想像できます。

努力不足でなく障害だと分かると気持ちが楽になる

できない事が努力不足なのではないかと、自分が悪いのだと自分を攻めて来た。

そんな事はありませんか。

私の場合は、比較的開き直って来たんです。

会社でも

「片付けるのは自分には無理です。無理強いしないでください。」

その様に表明しています。

そのお陰で比較的プレッシャーは少なく済んでいます。

年に数回言われる程度になりました。

しかし、そんな表明が出来る人は少ない事でしょう。

自分を攻めてしまう事も多いと思うんです。

そのできない事が実は障害だと思うと不思議と気持ちが楽になります。

プレッシャーかけられても、それが障害なので仕方ないでしょと言えるからです。

その分、他の才能を十分活かしていけばいい。

そう思える事で更に気持ちが前向きになれると思うのです。

障害と言わなくていいい社会に個性に優劣はない

障害とは何でしょうか?

出来る人も居るけど、できない人も居る。

じゃ、できない人は障害がある人なのでしょうか。

努力してもできない事が障害でしょうか。

いくら努力してもピアノが弾けませんでした。

これも障害でしょうか?

だとすると、障害者の数は増えますね。

ピアノが弾けない人を障害者と言わないように、できない事を障害と言わない。

個性と言える社会がいいと私は思うのです。

能力に優劣を決める事自体がおかしいのではないでしょうか。

もちろん、特定の能力の優劣はあると思います。

でも、ひとりの人間として見ると、出来る事も出来ない事もある。

これが出来るから優で出来ないから劣って言えるでしょうか。

誰だって優の所もあれば、劣の所もある。

どれが優なら他の人より優なんて言えないですよね。

出来ない事は他人に助けてもらえる社会へ

なんでもかんでも一人で出来る事がいいって社会も終わりに近づいています。

教育も一人一人学びやすい環境を整えようという試みが広がっています。

自分の出来るところを伸ばして、出来ないところを助ける。

本当の助け合いの社会を目指したいものです。

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