【書評】堀江貴文さん著 全ての教育は洗脳である

書評

日本の教育は、より良き労働者を作るための教育だった。

21世紀に入ってからの日本の停滞は、良き労働者を必要としない時代に入ったためと言える。

日本には、良き労働者はたくさん居ても、イノベーターは居ないのだ。

そもそも、イノベーターになる様な人材は、学校教育の中で淘汰されている。

だから、最近の日本の停滞は当たり前と言える。

良き労働者になるべくされた洗脳を解き放っていかないと、21世紀は住みずらい世の中以外何者でもない状態となるだろう。

没頭は天才の特権ではない

堀江さんは「すべての教育は「洗脳」である」の著書の中で、お勉強と学びの違いを力説している。

お勉強は、第三者が用意してくれたものをそのまま受け入れてひたすらやる事。

ここには自分の考えを挟む余地はなく、ただ言われるがままに実行するのみ。

どれだけ従順に間違えず、速くできるかが大切で、自分の考えを挟んではいけない。

その中の競争で優位に立つ事を喜びとする。

ところが、第三者が課題を用意してくれないと何もしない人がほとんどとなる。

単純な事を競うために、細かい部分にプライドを持つ。

同じで無いと安心できないのに、細かい違いで勝ち誇る。

学びとは「没頭」である

学びはこれとは対照的で、与えられる課題はない。

自分が興味を持って、自分の頭で考えた事はすべて学び。

人それぞれに興味が違うのは当たり前。

だから、そもそもどっちが上とか下とか言う議論にならない。

自分が全く興味がないものを持っている人が居ても羨ましくないのと同じだ。

学びとは、ある事に興味を持ってそれに没頭する事。

子供たちが、自分のやりたい事に没頭するのと同じ。

人間が誰でも生まれながらに持っている能力が没頭する事なわけだ。

好きな事を極めて時間も忘れて没頭する。

脇目も振らずに没頭し、がむしゃらに取り組める体験すべてが学びなのだ。

これからの社会で必要なのは「お勉強」ではなく「学び」

21世紀の社会にお勉強は合わなくなっている。

誰かに与えてもらう仕事は無くなるからだ。

誰かに指示を出して与えるのなら、人間でなくロボットやAIでいい時代が来る。

そんな時代には、誰かに課題を出してもらわないといけないお勉強は向いて居ない。

イノベーションを生み出すのは学びで、だからこそ学びが必要なのだ。

これからの幸せは「快」のシェアである

これからの幸せは所有する事で無い事は明らかだ。

マズローの五段階欲求でもある様に、私たちはすでに生存欲求を満たしている。

これかのの時代は承認欲求が中心となっていくに違いない。

そして、自己実現欲求へと昇華していくだろう。

皆んなと同じもを持って、所属欲求を満たして居た時代は終わっている。

だから、堀江さんはこれからの幸せは「快」のシェアであると言っている。

自分の「楽しい」「おもしろい」「気持ちいい」と言った「快」の感情をみんなにシェアする事が幸せに繋がると言うわけだ。

自分が「快」だと感じる事をシェアしていると賛同する人が現れる。

賛同してもらえる事で承認欲求が満たさると言うわけだ。

99%の会社はいらない

私は常々アライアンス社会の到来を夢見て来た。

アライアンス社会とは何かと言うと、個人が独立していて同盟を組んで事に当たることだ。

確かに、好きな事を仕事にと言っても出来ないことも多い。

大きな都市を作りたい。

ロケットを飛ばしたい。

これは確かにたった1人では難しい。

しかし、殆どの事は会社組織でなくてもできるようになっている。

それぞれに得意な事を持った個人が居て、お高いに独立している。

必要な能力や知識を出し合って繋がった所が組織になる。

私が考えている会社組織に変わる組織がアライアンス組織なのだ。

堀江さんも、すべての教育は「洗脳」であるの中でそう述べている。

堀江さんのやっているプロジェクトはまさにアライアンス。

2〜3名の中核メンバーと、必要に応じて集める自動部隊がいれば事業は回ると言う。

まさに堀江さんは、すでにアライアンス社会を実現している事になる。

洗脳の及ばない人は英雄である

洗脳の及ばない人達を英雄とする物語は多い。

アニメや漫画SFでは、ドロップアウトした人たちが英雄になっていくお話がたくさんある。

パッと思い当たるものとしては、アーサーCクラーク著「星と都市」。

小さな都市から出られない人達の中に、都市の外を知りたいと思う人が出てくる話。

マンガ、アニメでは、「地球へ」が思い当たる。

大ヒットした映画、「マトリックス」も同じだ。

しかしこれは、アニメや漫画、SFなどのフィクションの中の話ではない。

そもそも、洗脳の効かない英雄が度々物語に描かれ、その度に人気が出るのも、自分たちが洗脳されてる意識が乏しかったとしても、憧れがあるからではないだろうか。

実際の世界でも同じなのではないだろうか。

ホリエモンが言うように、高学歴の人達は洗脳にかかりやすい人達。

催眠術ショーで言えば、辛いものを甘いお菓子として食べさせられる人達だ。

ホリエモンは著書の中で、オウム真理教の話をしているが、一般社会でも同じなんだと思う。

今まで甘いお菓子だよと信じて疑わなかった人達から幻想が溶けると、苦い汚物を食べてたと気づく。

これが酷い状態である事は想像できる。

絶望して死んでしまう人も出てくるわけだ。

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