経験とは、経過した時間ではなく、自らが足を踏み出した歩数によってカウントされていく

経験とは、験した経歴です

自分の周りを見てみる。
すると気付きます。
経験と言う言葉を勘違いしている人達。
だから、堀江貴文さんの著書「ゼロ」に記載されている「経験」の定義に、大きく賛成するのです。

仕事でも人生でも、もちろん異性関係でも、キョドってしまうのは、性格の問題ではない。
ましてや、ルックスなど関係ないし、学歴や収入、社会的な地位とも関係ない
そして、経験とは、時間が与えてくれるものではない。
だからと無駄な時間を過ごしたところで、なんの経験も得られない。
なにかを待つのではなく、自らが小さな勇気を振り絞り、自らの意思で一歩前に踏み出すこと。
経験とは、経過した時間でなく、自らが足を踏み出した歩数によってカウントされていくのである。

そう、自らは何も踏み出すことは無く、井の中の蛙と成っているにもかかわらず、齢を重ねただけで、我が物顔に振る舞う人。
そういう人が多いですよね。
何となく生きてきて、何となく時間を過ごした人には、なんの経験も残りません。
例え、成功していなくても、自ら試して、失敗した人には経験が残っています。
その語る言葉には奥深いものがあり、含蓄のあることが多いのです。
 

虚勢を張るのは犬だけでは無い様です。

色々な人と交流すると、年齢に関係なく、凄い人は凄い。
年齢を重ねても、凄い人は謙虚だ。
年下に対しても謙虚に接してくれるのです。
虚勢を張って、吠える必要も無いわけです。
凄い人達は、凄い人を知っていて、その人達のほとんどが、学歴や年齢に関係なく凄いことを知っているのです。
だから、年下にも謙虚に接してくれるわけですね。
 

自らの足で一歩踏み出そう

何でも良いから試してみる。
人に言われたことをこなすのでは無く、自分の頭で考え、自分の足で歩き、自分のお金で経験する。
これが大切だと思うのです。
特に、自分のお金で経験する。
これ大切だと思います。
本を買うお金、セミナーに参加するお金、人のお金ではダメだと思います。
自分のお金で学んでこそ自分に生きる。
そう思います。

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