マニュアルやルールは物差し!正解では無くあくまで基準変更ありきのmujigram フォーマット

マニュアルやルールってなんでしょうか?

事態はマニュアルを超えてくる。

マニュアルに沿った仕事ではなく、より良い仕事を目指す。

マニュアルが頻繁に変わって何が正しいのかわからないって言われるとしたら、それはマニュアルが浸透していない。

マニュアルって、品質の低いところはここまでと決める目安であって、製品の品質をこれまでと決めるものではない。

だから、「マニュアルではこう決まってますから、マニュアルどおりにやってください」って言い方はおかしい。

もし、マニュアル通りにやっていない人が居たなら、なぜマニュアル通りにやらないのか話し合った方がいい。

そこにはお宝が眠っているかもしれないのだから。

だれも気付かない素晴らしいやり方に気づいた人に、そのやり方は忘れてしまえというもったいない事をする必要は無い。

マニュアル通りにやってくださいと言うのは簡単だが、それは楽をしたいだけになってしまいがちだ。

ほとんどの場合、練りに練られたマニュアルを変更するような発想は、10回に1回、いや100回に1回かもしれない。

しかし、それほどに練られたマニュアルを変更するような方法は、正に革新的!

そんな革新的な方法には、いくら払っても惜しくない。

お金をかけてマニュアルを変更すべきだと言える。

マニュアルやルールは物差し!正解では無くあくまで基準変更ありきのmujigram フォーマット

マニュアルは変更しやすく無ければいけない

マニュアルは変更しやすくなくてはならない。

変更できないルールーは、錆びついて役に立たないものとなってしまう。

例えば、道路交通法の制限速度は、私が生まれたときから上限は60kmだった。

高速道路では100kmだ。

それから自動車の安全性能は格段に進化した。

安全性能が格段に進化しても、上限の速度は変わらない。

なぜ変わらないのか理解に苦しむ。

わかりやすい様に道路交通法を持ち出したが、法律は変更しにくい分、その様な機能不全が至る所にある。

普段使うマニュアルやルールに、この様な機能不全は起こっていないだろうか?

mujigramの素晴らしいところは変える事を前提にしている事

無印良品が、店舗のオペレーションを全てマニュアル化した事は有名な話。

何冊もの本になっている。

マニュアル化する弊害は、そのマニュアルが全てで、それ以上を望む事も悪になる点ではないだろうか。

マニュアル信奉者になって、マニュアルを人を叩く道具にしてしまう人も居る。

mujigramの優れている点は、変更がありきのシステムになっている所だろう。

マニュアルを逐次良いものに変更していく。

マニュアルがその都度変更される事で、マニュアルの見方が変わる。

マニュアルは完璧でないと思えるかどうかは非常に重要なのだ。

より良いやり方を考えるならば、マニュアルは完璧でないと認識するべきなのだ。

マニュアルは物差し!自分の基準を知る道具

私は、マニュアルは物差しだと思っている。

最低限品質を保つために守った方がいい事がどこなのか、それを確認する道具という事だ。

「そんなの常識でしょ!」って言葉は常識的ではない。

常識とは、生まれる場所、受けた教育、生まれた年代によって著しく変わるものだと思う。

だからこそ「最近の若者は」とか「ジジババは」なんて言葉がいつの時代でも存在する。

30年前新人類と言われていた人たちも、現在の若者にはゆとり世代はなどと言っている。

これはおそらく何百年たっても同じなのだと思う。

だから、基準が必要だ。

人間の最大の発明が何かとは良く論争される事だが、基準だと答える人も多いと思う。

メートルや、尺、インチ、なんでもいい。

多くの人が共通に長さを認識できる基準があってこそ通じる話がこの様の中ではほとんどだ。

マニュアルは、それぞれ価値観が違う人たちが、同じようにオペレーションをするための基準に過ぎない。

決してそれが正しいと言うものではない。

メートルや尺、インチにどれが正しいも無い。

正しいと思う事が有れば変えればいい。

より良い品質のためにバージョンアップすればいいのだ。

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