全世界が小さな村になる日

世界は小さくなっています。

100年前、地球の裏側に行く事は、ほとんどの人が無理な事だったでしょう。

日本の国内だって、行くのに何日もかかる。

現在、日本でその日にたどり着けない場所ってほとんどないですよね。

リアルに行くのももちろんですが、ただ話す、ただ顔を合わす。

それだけならネットで繋いで顔を合わせながら話すことは簡単です。

世界は確実に小さくなっているのです。

全世界が小さな村になる日

世界が小さくなると、深まっていくものがあります。

それは人間関係です。

テクノロジーで人間関係が希薄になっていると言われていますが、私はそうは思いません。

テクノロジーは、明らかに人間関係を濃密にしている、私はそう信じています。

人間関係が濃密になると、経済活動は原始化する。

私はその様に思っています。

大昔、小さな村で経済が回っていた頃

大昔、大きな森が人と人との暮らしを遮っていました。

ほとんどの人の人生は、小さな村の中で終わっていた原始の時代。

お金なんて価値はありませんでした。

必要な物は身近にあり、いつも顔を合わせる親密な関係の人が持っていました。

その人から譲り受けるのに、ある人は別の貴重なものを、ある人は自分の特別なスキルを、必要な物の代わりに提供していたわけです。

他の村との取引でもなければ、お金の存在があったとしても価値はなかったでしょう。

お金は食べることはできませんから。

世界が狭くなるにつれ、多くの人と出会い、その分人間関係は希薄になっていきました。

人間関係が希薄になると、皆に共通に価値が有る物が必要になります。

皆に共通の価値があるもの、それがお金でした。

人間関係が狭く濃い時は、共通の価値なんて考えなくても価値は共通だったのです。

ところが人間関係が希薄になると共通の価値を有する物が必要になったわけです。

テクノロジーが世界を小さな村にする

21世紀になり、テクノロジーの著しい進歩を経て、経済は太古に戻る気配を示しています。

テクノロジーで人間の関係が濃密になりました。

嫌々でなく、好きな気の合う人と毎日距離を気にせずに話ができる様になりました。

百人近くの人が、今日一体何をして、どんな事に関心を持ったかをSNSが教えてくれます。

これって、小さな村に住んでいたころと同じです。

小さな村では、村に住む人の情報はすぐに伝わります。

どこの誰さんが今日けがをしたとか、美味しいものを食べたとか。

情報が濃くなることで、人間関係も濃くなり、まるで小さな村に住んでいるかのように友達の情報を知る事ができるわけです。

人間関係が濃くなると、必要な物は濃い人間関係の中で回る事になります。

濃い人間関係の輪の中だけで富が回り、経済が回るようになります。

○○さんが欲しいって言ってたからあげようって事も日常茶飯事になる。

○○できる人いませんかねって言っていたら得意な人がやってくれたので、お礼に料理をご馳走した。

そんな事が、ほぼ毎日起こるとしたら、それは小さな村で暮らしていたころと同じではないかと思うわけです。

狭くなった世界の新しい小さな村でお互いに力を合わせて生きる

凄く大好きな人たちに囲まれて、そこで自分を偽ることなく暮らす。

大好きな人の為に自分の力を役立てて、自分が必要な力をかしてもらう。

みんなが好きな事をやって、お互いに助け合って暮らす。

そんな現在の小さな村が実現可能なのではないかと思うのです。

人間の幸せって、結局良好な人間関係の中に居ることだと思うのです。

大好きな人の役に立って、必要だと思ってもらって生きる。

そんな幸せな小さな村が作れたらいいなと思うのです。

 

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